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No.74  Land Iguana

Photo & Text:Motoaki Itoh

番外編"Land Iguana(リク・イグアナ:Conolophus Subcristatus)"

Land Iguana(リク・イグアナ:Conolophus Subcristatus)

溶岩カモメが鋭い嘴で突っついて、皮を破った所から、死んだばかりのアシカ(幼獣)の肉を牙の無い口で噛み切ろうとしていたリクイグアナの雌。

ガラパゴス諸島には、この陸イグアナと海イグアナが棲息しており、どちらも同諸島の固有種とされております。遥かな昔、ただし、ガラパゴス諸島が出来たのが五百万年ぐらい前と言われていますので、当然それより後ではありますが、中米か南米から漂着したミドリイグアナからそれぞれが環境に合わせて進化したというのが定説となっています。

陸イグアナは、ミドリイグアナと同様に草食性で、普段はウチワ・サボテンの葉や花を食べています。 ガラパゴスのガイド・ブックにもそう書かれていますし、エクアドールの国家試験で認定されたガイドさん達も、数年前まではそう説明していたはずです。しかし、1997年に来た巨大なエル・ニーニョが、生態系に大きな変化をもたらし、その結果、それまでは殆んど報告されていなかったような現象が目撃され、陸イグアナは完全な草食性であると信じられていたことの見直しが成されました。1998年の9月にPlaza del Sur(プラサ・デル・スル)島を訪れた私たちもその貴重な目撃者となったのです。

巨大なエル・ニーニョ現象が起きると、ペルー、エクアドール沖の海水温が上昇し、ガラパゴス諸島海域の 海水温も異常上昇します。その結果、普段は赤道直下にしては低温度海水域に囲まれているガラパゴス周辺の魚やイカは、高温を嫌って、沿岸を離れたり、深い海へ潜ってしまいます。つまり、海鳥や海獣の餌が 極端に欠乏するため、ペンギン、カツオドリ、ペリカン、グンカンチョウ、ネッタイチョウなどの海鳥、アシカ等の海獣は先ず、子育てを放棄します。次に、成鳥、成獣が弱り、死んでいきます。アシカ等はその生息数が四分の一程にまで、激減したと言われています。一方、草食の野鳥やリクイグアナ等は、高温多湿な 気候に助けられて、餌に事欠くことはなくなり、その生息数を増やします。

その餌に恵まれていたはずのリクイグアナがアシカの幼獣の死骸を食べていたのです。

Land Iguana(リク・イグアナ:Conolophus Subcristatus)

普段はこんな風に、ウチワ・サボテンの葉や花を食べています。背伸びをして積極的に葉を取ろうとする個体は少なく、大部分のイグアナは倒れたサボテンを食べたり、葉や花が落ちて来るのを下でじっと待っているものが多いと言われています。

その日、プラサ島の水路に入って、最初に気が付いたのは、普段は百匹を超えるアシカが狭い岸辺で体を接するばかりに並んで日向ぼっこをしている筈なのに、ぽつぽつとしか目に付かないのです。アシカの数が異常に少ないことに驚きました。小船で上陸して、まず、雌雄のリクイグアナがいたので、同行の仲間とさっそくレンズを向けて、シャッターを切りました。「おやっ、変だなあ、二頭とも口の辺りが血がついたように 赤いなあ。蝿もたかっているし、、」と思ったのですが、私の好きなネッタイチョウが気になってしょうがないので、島の反対側にある断崖の方へ斜面を登って行き、イグアナのことはすっかり忘れてしまいました。

少なくなっていたネッタイチョウやアカメカモメ、マスク・カツオドリなどの写真を撮って、再び、船着場 へ戻ってみると、先ほどのリクイグアナがアシカの死骸にしがみ付いてしきりに頭を振っているのです。そこへレンズを向けると、同時に、ヴェテラン女性ガイドのヴェロニカの叫ぶ声が聞こえました。「セニョール・イトウ、写真を撮ってください。リクイグアナが肉を食べている。Que cosa ! (何てことなの。)」

草食性のため、肉を噛み切る必要が無くなり、リクイグアナには犬歯や強い前歯が無いので、草を引きちぎる要領で、Lava Gull(溶岩カモメ)が開けた傷口から肉を咥えて、頭を左右に振ることで肉片をもぎり取り、口に入れていたのでした。そんな光景が数十秒続いたのでしょうか、リクイグアナはアシカの死骸から 離れました。

ヴェロニカに頼まれて、手ぶれのひどい写真ばかりでしたが、現像したものを彼女に送り、ダーウィン研究所のイグアナ研究者に見て貰いました。「トカゲ類には肉食だった時代の遺伝子があるので、食べていたのでしょうね。」と言ったそうです。

決定的な瞬間に興奮して、手振補正機能付きレンズの存在さえ忘れ、ぶれぶれの写真しか撮れないアマチュアと、千歳一遇のそんな一瞬にこそ真価を発揮するに違いないプロとの差を充分思い知らされた出来事でした。

その後、同島を何回か訪れましたが、同じ番いが同じ場所に居て、「昔のことは忘却の彼方へ、」とでも思っているのか、相変わらず、ウチワ・サボテンの下で葉や花が落ちて来るのをじっと待っています

NASA(航空宇宙局)は最近、今年もエル・ニーニョが来ると予測を出しています。エル・ニーニョ現象が深刻でないことを動物たちのためにも祈りたい気持ちです。