嘴が大きく重いので、枝に止っている時は嘴を上にしてその重量を体全体に分散して支える ヤリハシハチドリ。
今回はTandayapa - Yanacochaを廻ったバード・ウォッチングで撮ったハチドリ・シリーズ第一回目のトリを務めるヤリハシハチドリです。第一回目と書いたのは、この後も、バナナ園内やその周辺で撮った野鳥、水鳥、その他La Costa(海岸地帯)やアンデス山麓で撮ったもの、ガラパゴス諸島で撮った自然などを紹介しながら、私がこのコラムを担当している間は、またアンデスのハチドリに戻って来る予定だからです。何回も戻れるくらい、この広いPichincha西山麓に棲息するハチドリの数も種類も多いからです。そして、何よりも、人間をあまり怖がらないハチドリは、駆け足で鳥見をする私のような者にも、そこそこの写真を撮らせてもくれます。
小雨が降ったり止んだりの、雨模様の天気の中を首都Quito(キート)から海抜約3500メートルの峠を越えてEsmeraldas州のPuerto Quitoに通じる旧街道を、赤道記念碑の北にコンクリート舗装されたとても走り易い新高速道路が出来てからは、すっかり寂れてしまったかつての宿場町Nonoを通って、Tandayapaまで往復した私達がYanacocha(ヤナコーチャ)保護区の入り口に到着したのはもう夕方の5時30分位でした。赤道直下のエクァドールでは、季節によって若干の差はあるものの、夕方の6時頃には日が落ちます。西斜面に面したYanacochaでも、5時をまわると黄昏が始まるのですが、その日は深い霧が山の斜面を覆っていたので、もう薄暗く、カメラの感度をISO1600に上げても、写真が撮れるかどうか心配でした。入り口にある自然保護協力寄付金を払う小さな事務所から先は車の乗り入れは出来ません。その脇に赤いダチュラーの花を付けた木を見つけたので、Danny(ダニー)に「ダチュラーの花が咲いているから、ここで待てばヤリハシハチドリが来るんじゃないか。」と聞きました。「ノー。セニョール、ここには殆ど来ません。奥にフィーダーが設置されている4つのポイントのうち、3番目か4番目に行かなくてはヤリハシハチドリを見ることは出来ませんよ。」「うーん、そうか。それで4番目のフィーダーまではどのくらいあるんだい。」と聞くと、「30分程、約2キロメートルです。」と、答えてくれたのですが、山歩きに詳しい方は直ぐに気が付くと思いますが、海抜約3400メートルの高さのトレッキングで2キロ歩くというのは、普段海抜2800メートルのキートで暮らしている彼らには30分程で行けても、我々平地で暮らしている者には、アルピニストでもない限り、良くて1時間、下手すれば途中で呼吸困難の為、ギヴ・アップということになりかねない距離と時間なのです。若い頃スポーツをやり過ぎて体を壊し、その療養期間中、大好きな山歩きをしていた私は、普通の日本人と比べればはるかに高度に対して順応性は高いのですが、なにせ前日の午後に、海抜0メートルのグァヤキールから飛行機で一気にキート迄上がって来たばかりなので、高度順応期間が足りず、3400メートルの高さの山路を、一脚に望遠レンズを付けたカメラを肩にして、彼らの速さに付いて行く自信は全くありませんでした。
黄昏の深い霧の中で、また飛び立とうとしていたヤリハシハチドリ。
しかし、そこまで行かないとヤリハシハチドリには会えないと言われては、すごすご引き下がるわけにも行かず、「やるしかない。」の体育会精神で、「Danny, andemos lentamente. (ダニー、ゆっくり歩いて行こう。)」と、声を掛けて既に気温は3度位にまで落ちた霧の中を歩き出しました。しかし、その日、高い所は総て車内で超えて来た私に、海抜3400メートルの薄い空気は直ぐに厳しいレッスンを与えてくれます。5分も歩くと息が上がってしまって、深呼吸をしなくてはならない始末です。無理は禁物なので、ダニーにもっと遅く歩いてくれるように頼み、一歩一歩ゆっくりと歩き始めました。今度は速度を落とすと、谷間を吹き上げて来る冷たい霧雨が余計冷たく感じる始末で、日本にいる時は、母方の東北に長く住んだ先祖の血で寒さには強いと自他共に認めていた私ですが、この状態には自分で苛立ってしまいました。そこで、なんとか息苦しさを我慢できる歩行速度と同時に寒さをあまり感じないで歩く速さの調和点を自分なりに探して、再び、アンデスの山路を歩き出しました。1キロ程歩くと、第一のフィーダーに到着しました。そこでは高山性のハチドリは数種類見ましたが、目当てのヤリハシハチドリは、ダニーの言っていたとおりいませんでした。そこからさらに300メートル奥の第二のフィーダーでも見ることは出来ませんでした。ダニーに後どの位かと聞いたら、300メートルで第三のフィーダーで、第四のフィーダーまではそこからさらに300メートルと言われました。「仕事仲間とこんな所へ来たら、鳥キチでもない限り、とても付いて来てはくれないだろうなあ。それこそ、ヤナコッチャ、とか、なんとか駄洒落でも言われて、恨まれるぜ。」などと独り言を言いながら、やっと、第三のフィーダーが見える地点まで辿り着きました。先に着いていたダニーが身振りで、其処にいると教えてくれた時の嬉しかったこと。一羽のヤリハシハチドリが他のハチドリ達とフィーダーの回りを飛び回っているのを確かめて、カメラ・レンズの調整を再確認してシャッターを推し続けました。そう、そこで15分程いてから、先を急ぐダニーに言いました。「Danny, como he visto ya este colibri, vamos a regresar.(ダニー、もうこのハチドリを見たから、戻ろうぜ。)」、と。ダニーは第四のフィーダーの処へ行けば、何羽ものヤリハシハチドリを同時に見られるから先へ行こう、と言いましたが、帰りの道のりを考えるとダニーの誘いに乗る余裕はありませんでした。霧雨が降り続き、視界が3メートル程になってしまった薄暮の1.6キロの山路を、やっとのことで帰り着いて、車の処で待っていたハヴィエルに「遅くなってゴメン。」と、言うのももどかしく暖かい車内に入り、シートに凭れこみました。車を発進させたハヴィエルが言いました。「セニョールとダニーがいなかった一時間半ほどの内に入り口のダチュラーの花に一度だけだけれどヤリハシハチドリがやって来たよ。直ぐに行ってしまったけどね。」と。その日の鳥見で私なりに得た教訓。「朝は早くホテルを出て、Yanacochaは疲れていない午前中に訪ねること。気温も上がって行くし。体力、高度に自信のない人は、入り口にあるダチュラーの花の処で待つこと。そして、Tandayapa Valleyでの鳥見が終わったら、新高速道路経由でキートに帰ること。」夕闇を気にしないでTandayapa でゆっくり鳥見が出来て、2時間掛からないでホテルに戻れます。